| 「空気」と「世間」 (講談社現代新書) (2009/07/17) 鴻上尚史 商品詳細を見る |
9割以上の頁が難しい(爆)空気を読めの空気とは世間であるということを言いたいのか?
自己紹介でギャグがすべったり、沈黙したり、口ごもるのは、普通にある
ことです。テレビでも、じつは普通にあります。ただ、それを「編集」と
いう技術で適切な「自己紹介」に変えているのです。
そのテンポと簡潔さを日常の中に持ち込もうとするのは、気持ちはわかり
ますが、無茶というものです。
そうなんだ、ちょっと安心するね。
翻訳不可能なのは「先輩」「後輩」です。そのニュアンスは、絶対と言って
いいほど、欧米人には伝わっていません。ただ学年がひとつ上だというだけ
で、どうして尊敬しなければいけないのか、体育会系部活動の例で言えば、
どうして絶対に服従しなければいけないのか、どうして敬語を使い続けなけ
ればいけないのか。
勤続年数の順に出世するのも同じだね。
小学校が特徴的ですが、何人かで「班」を作り、班の中の誰かが宿題を忘れ
たり、問題を起こすと、班全体の連帯責任にする、という古典的な教育方法
がありました(あります)。
私が小学校が大嫌いだった理由の一つがこれ(爆)すぐに「さぁ班で考えて」という先生。昼休みの過ごし方を考えてヘンなゲームをやってみたり(昼休みくらい自由にさせろ)、忘れ物をしないように翌日持っていくものを電話で連絡し合ったり(どんなけダメ人間扱いなんだよ)。いまだからわかるけど仕事ができない先生だったんだね。
電車に乗っていると、女子高生の集団が乗り込んできます。彼女たちは、
楽しそうに会話します。やがて、駅で一人二人と降りて行きます。僕は、
手を振って降りていった女子高生の顔を窓越しに見ます。彼女たちは、
ホームを歩き始めると、笑顔が瞬間的に消えます。本当に会話が楽しか
ったのなら、笑顔はゆるやかに消えるはずです。
まさしく私が以前書いた内容と一緒(笑)。
0 件のコメント:
コメントを投稿