2009-04-30

エラーメッセージ

プログラムでエラーメッセージを出すときに、同時にログにもメッセージをかくことがある。ユーザ向けメッセージは「です・ます」調が当然として、ログは内部的な記録なので「・・・エラー」と言葉を変えることが多かった(自分は)

ところが、ある日ふと思った・・・
同じでいいじゃん!もちろん「です・ます」調で。

だいたい、いちいち両方考えるのが面倒くさいし、メッセージってけっこう頻繁に変わるので書き換え作業もバカにならない、内部向けであっても丁寧な言葉使いの方が絶対にいい!好感度もアップ!(誰に対して?)

こんなことに気づくのに10年以上かかった。ヤバイ・・・

2009-04-26

一勝九敗

一勝九敗 (新潮文庫)一勝九敗 (新潮文庫)
(2006/03)
柳井 正

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失敗も成功も淡々と振り返り、自称自分自身を客観的に分析・評価できるという言葉にウソはないと感じた。
頭のいい人は計画や勉強はしても実行をしないという言葉が何度も出てくるが、だからといって理論を軽視するわけではなく、考えたら実行・反省することの重要性を説いている。ユニクロの強さの一つであることは間違いない。
女性社員の頁で優秀な女性店長が優秀でない男性店長と結婚し、男性が辞めずに女性が辞めるのは残念で困ると書いているが、ここまでストレートに書く人も珍しいね、いやー面白い人だ。

2009-04-25

ケンカ買えますか?

滅多に会わない部長が課会に一度だけ出席したことがある。最後に何かないかと言うので、私が職場がある自社の建物が古いので建て替えの予定はないのか?と聞いた。そのときの部長の返事はすぐにどうこうするようなものではなかった。
ところが、翌日には業者がきて足場を組んでいき、アレヨアレヨという間に窓は鉄製からサッシになり、コンクリート色むき出しの外壁は塗りなおされ、雨漏りしていた屋根は全面的に改修された。図に乗った私が言い過ぎたせいで、部長を本気にさせたのかもしれない。

私も大人になり、当時上司だった課長はそのときどんな気持ちだったのだろう?と思う。

きっと課長は毎年総務に雨漏りをなんとかしてほしいと要望はしていたと思う。だけど予算も厳しいので総務に門前払いされていたのだろう。世の中そんな例はたくさんあると思う。
そんなときに私が課長を飛び越えて部長に言ってしまったばかりに、超法規的な措置により課長レベルでなかなか進まなかった事があっという間に実現してしまったわけで・・・、今の私が課長の立場だったらメンツ丸潰れで居たたまれなかったと思う。いまは悪いことをしてしまったという後悔の気持ちが大きい。

ただ最後に言い訳じゃないけど、こういう冗談のようなホントの事がある会社って面白いと思うし、若造だった私のケンカを買ってくれた部長には本当に感謝している。

2009-04-24

バスにて家を思う

今朝の最低気温は3℃、とても寒かった。
通勤のバスに乗り座席が空いていたので陽が当たるほうの席に座ったところ、イスがポカポカ暖かくてとても気持ちよかった。

家もこうあるべきだな~とふと思った。

感覚的なものなので、こうあるべきが具体的にどういうことかはわからないが、ただそう感じた。

2009-04-21

心にズドン!と響く「運命」の言葉

心にズドン!と響く運命の言葉 (王様文庫)心にズドン!と響く運命の言葉 (王様文庫)
(2009/01/28)
ひすい こたろう

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著者の本はいつも理屈抜きで好きだ。

文中から『不幸はね、貯まったら幸せと交換できるんだよ。』 ある小学生の詩

2009-04-20

風になった日

最寄り駅までだがチャリ通勤を始めた。
チャリに乗っているとなんだかわからないが朝から笑顔になる。

帰り・・・足も疲れるがそれ以上に耳が冷たくて頭まで痛い(笑)
まだ早かったらしい。

2009-04-18

初めての休日

数年前から点検の度に車のオルタネータから異音がすると言われていた。自分としては交換してほしかったのだが、車屋は異音がすると言うくせにまだ大丈夫と言う(なんでやねん!)
そしてやっと今日めでたく交換することとなった(爆)
交換して感じたこと・・・
めちゃ静かになった!
なんでもっと早く交換してくれないのか?たしかに料金は高かったが。

■■
日中、妻と市中心部に出かけた。お互い別々の用事があったので着いてすぐ分かれて、私の方が先に用事が済んだ。妻と合流しようとしたが具体的な店の名前を聞いていなかったので、店を探し回ることになった。何件か空振りしたときに妻からメールがきて店の場所がわかった。
今までの私だったら間違いなく機嫌が悪くなり妻に文句のメールとか口に出していたなーと思った。今日はそういうこともなく淡々と教えてもらった店へと向かった。

妻と合流する前に本屋で時間をつぶしていたら、私のすぐそばにいたお婆ちゃんに「お婆ちゃん」と声を掛ける大学生くらいの若者がいた。どうやら偶然本屋に来てお婆ちゃんを見つけた孫らしい。

お婆ちゃん:「どうしてわかった?
孫:「だって(指差しながら)お婆ちゃんのカバン、お婆ちゃんの帽子だもん
お婆ちゃん:驚きの言葉を口にした後、「お昼食べたかい?」

お婆ちゃんと孫が街中の本屋でバッタリ会うというシチュエーションがスゴイと思った。
自分は近くにお婆ちゃんがいなかったが、いてもこの場面で声を掛けただろうか?いや掛けなかっただろうな・・・そういうやつだオレって。

2009-04-17

バブルを振り返る

世の中不景気真っ只中ということで、かつてあったバブル景気を振り返ってみたい(エラソー)
バブル景気とは1986年12月から1991年2月までの間を指すらしい(by Wikipedia)
証券会社なんか新入社員がボーナス150万円とかもらったというニュースを羨ましく見た記憶がある。

当時勤めていた会社はなんとこのバブル景気に乗れなかったため、私自身は全くおいしい思いはしなかった。

良い影響を受けない会社でも悪い影響は受けるもので箇条書きにすると・・・

1.新入社員で大卒が一人しかいないという年が続いた(案の定このときの大卒は、人は良いが仕事ができないか、仕事はできないが人も悪いのどちらかだった)

2.退職する社員が多く(ボーナス月には8名もいた)中には「お前が辞めてなにするんだ!」とビックリするような社員も辞めた

3.中途採用なんてしなかった我社が中途採用を始めた(しかし、人手の補充の範囲を超えなかったなー)

4.400円台だった株価が2000円を超えた。このとき定年を迎えて持ち株会の株を売った人はラッキーだった(あまりの値に持ち株会を脱退する社員も現れた)

5.仕手筋に株を買い占められた(なんと筆頭株主になった)

6.私の上司がヘッドハンティングされた(支度金1000万円用意すると言われたらしい)結局引止め工作の末留まった(日本の転職市場に本当に仕事が出来る人はいないと言われる理由がココにあると思う)


こう振り返ると生きるのが下手な会社だったな。

2009-04-14

習慣

電車やバスで席を立つときに座席を振り返る人がいる。
これが私にはデキナイ(爆)
もう降りることに気がとられて後ろを振り返る余裕がないので、こういう人を見かけると本当にスゴイと思う。
きっと小さい頃から親に言われてたんだろうね「忘れ物がないか確認しなさい」ってね。
こういう良い習慣は身に付けたかったなーとつくづく思う。

2009-04-12

妻帰る

妻が家に帰ってきた。

とても嬉しい、良かった!

2009-04-11

寝るのにも体力が必要

昨日、システムのトラブルで日付が変わるまで会社にいた。帰宅して寝たのが3時過ぎだったと思うが8時30分には目が覚めた(トシだね)二度寝してもよかったが、なぜかそこまで眠くもなかったのでそのまま起きた。

気温は低めだが天気も良く、今日は家仕事の日にした。脚立を持ち出して1階の全部の窓の外側を拭いた。いやー窓がキレイだと気持ちがいい。トイレの窓の汚れがず~っと気になっていたのだがやっとキレイにすることができた。(←どんだけ時間がかかるんだ)
それから庭木の剪定、庭の片付けをした。土ほこりを感じるのは久しぶりだ、春がきたことを実感。

夕食は実家で食べたが、食べ終わると強烈な睡魔が襲ってきた。頭が重くなる感じ、そのままベットに入ったら泥のように寝てしまいそうな感じ。夜遅くのトラブル対応もそうだが、この眠くてしかたがない感じも久しぶりだった。

2009-04-10

SQL ROWNUM

ソートした結果の1件目を取得したいとき。

誤)
SELECT * FROM TABLE1
 WHERE ROWNUM <= 1
 ORDER BY COL1

正)
SELECT * FROM
 (SELECT * FROM TABLE1
  ORDER BY COL1)
 WHERE ROWNUM <= 1

2009-04-09

遅ればせながら春?

何気なくテレビで明日の天気予報を見ていたら、8℃と出たので最高気温のことだと思ったら、なんと最低気温!(アンビリバボー)最高気温は17℃もある。
これは蓄熱をすべて止めなければ、今年初の蓄熱0%になる予定。

庭の雪も融け横の日陰になるところだけ残っている。今朝、早く起きて雪割りをしたが一気にすべて融かしてしまうくらいの気持ちで明日もやらなければ(笑)

■■
家電にフレッツ光の勧誘電話が頻繁にかかってくるので着信拒否の設定をした。取説を読まないとできないようなことはしない主義の私だが、重い腰を上げて取説と向き合った。目次のカテゴリーを探すところからだったが何とかできた。だけど覚えられないな。

2009-04-08

Excel マクロ セキュリティメッセージ

Excel
Excelのファイルを開いたときにマクロを使っていないのに、このメッセージが出て煩わしさを感じることがある。【ツール】-【マクロ】を見てもやっぱりない。
こんなときは・・・

1.[ALT]+[F11]でVBA画面を表示する

2.プロジェクトに標準モジュールがあれば、標準モジュール配下の各モジュールを右クリックし<モジュール名>の解放を行う

3.Sheet名モジュールがある場合は各Sheetモジュールをダブルクリックして、コードが現れたら片っ端からコードを削除する

これでメッセージは出なくなる。知っていればなんて事はないが知らないと毎回気持ちが悪い(笑)

2009-04-07

SQL JOIN 複数テーブル

通常、基本となるTABLE1とTABLE2、TABLE1とTABLE3をJOIN句で結合する場合次のようになる。
例)
SELECT * FROM TABLE1 A
 INNER JOIN TABLE2 B ON A.COL1=B.COL1

基本のテーブルとだけ次々結合するのではなく、TABLE1とTABLE2、TABLE2とTABLE3をJOIN句で結合する場合はこうなる
例)
SELECT * FROM ((TABLE1 A INNER JOIN TABLE2 B ON A.COL1=B.COL1)
 INNER JOIN TABLE3 C ON B.COL2=C.COL2)

カッコが大事

2009-04-06

SQL JOIN DELETE文

SQLのDELETE文って一つのテーブルに対して条件を指定して発行するのがほとんどだった。
例)DELETE FROM TABLE1 WHERE COL1='A'

ところが、あるとき削除するテーブルには削除条件がないため、他のテーブルを結合する必要に迫られた。DELETE文でJOIN?調べてみたところ↓でいいみたい。
例)
DELETE TABLE1 FROM TABLE1
 INNER JOIN TABLE2
 ON TABLE1.COL2=TABLE2.COL2
 WHERE TABLE2.COL1='A'

FROM句の前のテーブル名が大事

2009-04-05

映画フィッシュストーリー

妻が昨日きて今日夕方帰った。髪が短くなっていたが、切ったのが最近じゃなかったらどうしようと思っているうちに「髪切ったのかい」の一言がいえなかった。

最低気温がプラスになってきたので玄関、UTの蓄熱をOFFにした。さらに晴れの日はリビング30%だけでOKだろう。

■■
土曜の夜といえばNHKの土曜時代劇、土曜ドラマ、アド街と見たいテレビがめじろ押しだったのだが、番組改編時期ということもあり、今日はアド街以外とくに面白そうな番組がなかったので、前から観に行きたかった映画『フィッシュストーリー』を観に行った。土曜の夜の映画館は続々と人が集まってきていたが、公開も終盤に差し掛かったこの映画には客もまばらで男女を問わず一人が多かった。
監督は『アヒルと鴨とコインロッカー』(なんだこのネーミング?)の中村義洋監督で、観てから知ったが刑事の現場の森山未來、ハゲタカの大森南朋が出演していた。大森南朋ってハゲタカ以外主演で出ているのを観たことがないな・・・
ロックバンドと地球に衝突する彗星という事しか事前の知識がなかったのでどんな映画かと思ったが、そういうことだったのね。って展開が早い上に登場人物の現在と過去を行き来するため、よく理解できなかったというのが本音(笑)、きっともう一回観れば理解が深まると思う。

2009-04-03

神様おせわになりました

古くなったお守りやおみくじを思い切って捨てた。ゴミとして捨てるのに抵抗があったので、いつも新年になっても捨てられずにいたのだが、かえって古いものを持っているほうが運を落とすような気もしていた。
妻と別居してから何かを変えなければと思い、やろうと思っていながらずっとやれていなかったことをやり始めたのだが、これもその一つだ。
他にどんなことをしただろうか?ブログに書いたことがあるが備忘録として整理。

・家の窓ガラスを拭いた
・風呂の鏡を磨いた
・庭の不用な石を捨てた
・週1草取りをする(前からだけど)
・月1は車を洗車する
・車の時計の時刻を合わせた

こんなものか?大したことないな・・・けど、庭の石は自分としては大きな行動だった。

2009-04-02

そして誰もいなくなった

本当に何気なく昔のユーザが気になりネットで調べてみたら、なんとこの3月29日に閉店していた。こういうのを虫の知らせと言うのだろうか?(調べたのは30日)

この未曾有の不況が引導を渡したのだろうか・・・まだあのシステムを使っているとは到底思えないし、あの当時のユーザ側担当者のうち何人が残っているのかもわからないが、オープン時の混乱はひとえにコンピュータシステムのせいであり申し訳ない気持ちでいっぱいだ。

実は1年以上前に私がいた部門は会社から見切りをつけられ部門ごと解散となり、開発と営業にいたほとんどの社員は退職したと聞いた。まさに、そして誰もいなくなった。

私は一番良いときにこの会社にいたのだが、当時から犬が自分の尻尾を追うような仕事の仕方こんなことこんなこともあった。売上というグラフは急速に伸びていたが同時に足元から崩れていたんだろうな。皆上ばかり見てそのことに気付かなかったのか、あえて見ようとしなかったのかはわからないが、その代償はあまりにも大きかったよな。